2001 F1 日本グランプリ

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Fuji Television Japanese Grand Prix 2001

2001年 F1世界選手権第17戦 日本グランプリ




Ferrari F-1(JPEG)


王者シューマッハ 向かうところ敵なし!

今季9度目の勝利は圧勝!!


 今年もまたF1の季節がやってきました。

 昨年はフェラーリのミハエル・シューマッハとマクラーレンのミカ・ハッキネンが息詰まるチャンピオン争いを演じた「スズカ」ですが、今年はシューマッハが8月中旬に通算4度目の世界チャンピオンを決定しており、その点ではやや楽しみに欠けるレースとなりました。

 ところが、いざ予選が始まってみると、そのシューマッハがものすごいパフォーマンスを見せつけて、観客を多いに湧かせてくれました。
 戦前の予想では、ミハエル・シューマッハとミカ・ハッキネンの激しいポールポジション争いが繰り広げられ、これにラルフ・シューマッハとファン・パブロ・モントーヤのウィリアムズ勢がどう絡んでいくか、という点に注目が集まったのですが、ミハエルが記録したタイムは1分32秒484! これは、予選専用スペシャルタイヤが認められていた1991年にマクラーレンのゲルハルト・ベルガーが出した1分34秒700を2秒以上縮めるもので、はっきり言って異次元のタイムでした。
 他のドライバーは、このタイムを見てほとんど諦めムードの苦笑い・・・などというシチュエーションも見られるほどでした。結局モントーヤが予選2位を獲得しましたが、そのタイムは1分33秒184で、シューマッハには0.7秒も遅れをとることになってしまったのです。

 予選から一夜明けた日曜日、快晴のもとで行われた決勝は前日の予選の勢いがそのまま出た結果となりました。ポールポジションから堂々のスタートを切り、そのままトップを誰にも渡さず最初にチェッカーフラッグを受けたのはミハエル・シューマッハでした。
 2位も予選の勢いをそのまま持続したファン・パブロ・モントーヤ。同マシンに乗るラルフ・シューマッハが、過去にフォーミュラ・ニッポンに参戦し鈴鹿サーキットを知り尽くしていることを考えると、F1ルーキーかつ鈴鹿ルーキーであるモントーヤがミハエルと3秒差の2位に入ったことはある意味で驚異とさえ言えるでしょう。
 そして3位はマクラーレンのデビッド・クルサード。実は、後半ミカ・ハッキネンが3位を走行していたのですが、クルサードはハッキネンに譲られる形で3位に浮上し、そのままチェッカーを受けました。来期は一年間の休養を宣言しているハッキネンが何故クルサードに3位を譲ったのか、その理由は定かではありませんが、とりあえずマクラーレンチームが3位、4位に入賞しました。

 地元レースということで期待のかかったホンダ勢は、ジョーダンのアレジが今季初のリタイヤ、トゥルーリが8位で最上位、BARのビルニューブが10位、パニスが13位と、ほぼ「惨敗」という結果に終わりました。来シーズンはアメリカのCARTシリーズから撤退してまでF1に全力を注ぐということですので、かつての「常勝」の再現を期待したいものです。




2001 F1世界選手権第17戦 F1日本グランプリ レース結果


   
順位ドライバーチームマシン
1位ミハエル・シューマッハスクーデリア・フェラーリ・マールボロフェラーリF2001
2位ファン・パブロ・モントーヤBMWウィリアムズF1・チームウィリアムズFW23・BMW
3位デビッド・クルサードウェスト・マクラーレン・メルセデスマクラーレンMP4/16・メルセデスベンツ




Checker Flag(jpeg)



 右手を高々と上げてチェッカーフラッグを受けるミハエル・シューマッハ。
 これで、今年は世界チャンピオン獲得4回、F1通算53勝(歴代1位)、F1通算獲得ポイント801点(歴代1位)、1シーズン9勝(歴代1位タイ)など、シューマッハの「凄さ」を表す記録が数多く作られた年となりました。





Podium(jpeg)



 表彰台で高々とトロフィーを掲げるシューマッハ。
 F1に参戦を始めた頃には「F1サイボーグ」とか「F1ターミネーター」など、なんとなく非人間的な表現をされることの多かった「王者」ミハエルですが、最近は喜怒哀楽を公にすることも多くなり、人間的な魅力も豊かになりました。
 優勝チーム監督として同じ表彰台に立ったジャン・トッドが「ミハエルがフェラーリを離れる時は、自分もチームを去る時だ」と言うほど、「フェラーリ」という組織全体を自らの「信奉者」としてしまったドライバーはこれまで一人もいなかったはずです。





Today's Drivers


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 決勝前のドライバーズパレードでインタビューに答えるハッキネン。
 9月に1年間の休養を発表したハッキネンですが、現在のF1の世界では1年間の休養を経て現役に復帰し、再び充分なパフォーマンスを見せられる可能性があるとは考えられないことから、事実上の引退ではないかと言う観測がおおっぴらにささやかれています。
 これを裏付けるかのように、レース前には、マクラーレンチームにエンジンを供給しているメルセデスのマーシャルカーがハッキネン夫人のエリヤさんを助手席に乗せてサーキットを一周していました。外から見ている限りには、夫の引退を目前にして、夫がこれまで戦ってきた戦場を初めて自分の目で見ることができた妻・・・というように見えましたが、本当のところはどうだったのでしょう?




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 こちらは今期限りでF1からの引退を正式に発表したジャン・アレジ(ジョーダン・ホンダ)
 日本にもファンが多く、また、妻が後藤久美子さんとあって日本を第二の故郷としているドライバーですが、今期限りでその姿を見られなくなるということは大変残念です。一説には、ホンダが来期日本人ドライバーである佐藤琢磨をF1に乗せるために、ジョーダンチームに対してホンダエンジンを供給する代わりにアレジを放出せよと迫ったとの噂もあり、日本人としては複雑な気持ちではあります。
 この日は後藤久美子さんもグリッドに登場し、メディアの取材を受けていましたが、マシンに搭乗する直前に久美子さんを抱きしめたアレジの姿には心を打たれるものがありました。

 レースの方は、序盤にザウバーチームのキミ・ライコネンのクラッシュに巻き込まれてリタイアに終わりましたが、このレースを完走していればシーズン全戦完走という大記録が達成できただけに、この貰い事故は大変残念でした。けれども、レース後のアレジのコメントは「キミに怪我をさせなくて良かった」だなんて、どこまでも「いい人」なんですよ、アレジは(^_^)。





Topics




Niki Lauda(jpeg)



 今年、ジャガーチームのCEO(最高経営責任者)に就任したニキ・ラウダ氏。
 1975、77、84年と3度の世界チャンピオンに輝いたドライバーであり、1976年の西ドイツGPでは大事故で全身大火傷を負ったにもかかわらず奇跡的に回復し、40日後にはレースに復帰、4位に入賞したという伝説のドライバーです。

 また、故郷オーストリアでは「ラウダ航空」という航空会社のオーナーでもあり、ビジネス界でも有名人です。(ビジネスでは必ずしも成功者とは言えないようですが)
 こうした伝説の人物を目の前で見られるというのもF1の大きな魅力と言えますね。。




Osamu Goto(jpeg)



 こちらもF1の世界では既に確固たるポジションを獲得した日本人、後藤治氏。
 元はホンダの社員エンジニアでしたが、ホンダを退職して現在はザウバーF1チームのエンジニアリング部門であるSPE(ザウバー・ペトロナス・エンジニアリングかな?)の責任者で、ペトロナスエンジンの開発責任者でもあります。

 今シーズンは第3戦ブラジルGPで3位表彰台を獲得、4位3回、5位1回と大活躍を見せて、見事コンストラクターズ選手権で4位を獲得するザウバーチームですが、その成績の裏には後藤さんが開発したエンジンも相当に寄与している事でしょう。来年はホンダに帰ってきてくれないかな(^^;




Sauber Drivers(jpeg)



 土曜日のトークショーに出席していたザウバーチームのドライバー2人、キミ・ライコネン(左)とニック・ハイドフェルド(右)
 今シーズン大活躍のザウバーチームですが、その大きな理由がこの2人のドライバーの能力によるものであることは疑いのない事実でしょう。特に、キミ・ライコネンは、F1に参戦するまで四輪レースの経験が僅か23戦しかなく、F1への登竜門と言われるF3レースすら経験したことがないということからその能力を危ぶむ声も多かったのですが、見事に実力でこうした批判を跳ね飛ばしてしまいました。
 来シーズンは、1年休養を宣言した故郷フィンランドの先輩ミカ・ハッキネンに代わりマクラーレンチームのドライバーとなることが決定しています。充分な戦闘力を持ったマシンを得て、来年はどれほどの速さを見せてくれるのでしょうか。今から来年が楽しみなドライバーです。




Hirohide Hamashima(jpeg)



 同じトークショーに出席していた、「戦うサラリーマン」こと、ブリヂストンの浜島裕英モータースポーツタイヤ総括責任者。
 去年まではブリヂストンが全チームにタイヤを供給していましたが、今シーズンはミシュランが参戦してきたために熾烈なタイヤ戦争が勃発しました。当初は、「全レース表彰台独占!」という目標を掲げていたブリヂストン(BS)ですが、事実上ミシュラン(MI)を独占使用しているとさえ言えるBMWウィリアムズチームの攻勢にあい、BS13勝、MI4勝という結果に終わりました。
 トークショーのパートナーであったザウバーのドライバーからは、「BSはレイン用タイヤが良い」と言われていましたが、これは裏を返せば「晴れ用タイヤはMIと差がない」ということで、あんまり喜んでもいられません。頑張ってくださいね、浜島さん。




Toyota F1(jpeg)



 2003年から、いよいよトヨタが参戦してきます。
 ここ鈴鹿でもトヨタが大きな展示ブースを用意して、マシンの模型やドライバーのミカ・サロ、アラン・マクニッシュのレーシングスーツ、ヘルメット等を展示していました。
 まだまだ実力は未知数ということで、トヨタとしても「3年後には優勝する」という控えめな目標を立てていますが、その実、富士スピードウェイを買収して「トヨタF1」レースの開催を目論むなど着々と戦略を進めていることが伺えます。
 トヨタにも頑張ってほしいんだけど、富士スピードウェイは遠いから、できればF1はずっと鈴鹿で開催して欲しいんですよねぇ・・・。




Takuma Sato(jpeg)



 来年からF1に参戦するのはトヨタだけではありません。もっと即戦力が期待できるのはジョーダンチームとの契約を発表した佐藤琢磨です。

 鈴鹿サーキットのレーシングスクールSRS−Fを主席で卒業したとはいえ、国内のレース経験は1978年の全日本F3選手権1戦のみ。その後はイギリスへ渡り、世界で最も厳しいと言われるイギリスF3選手権に挑戦を続け、今シーズンはあのアイルトン・セナと並ぶ年間12勝を上げて堂々のチャンピオンを獲得するという恐るべきドライバーです。
 今年はまたBARチームのテストドライバーとしても契約をしており、しばしばレギュラードライバーを上回るタイムを記録しているほどでした。
 今年の鈴鹿では、BARチームのユニホームを着て、あくまでもテストドライバーとしての参加であったように見えますが、来シーズンはジョーダンチームのエースドライバーとして是非とも凱旋帰国してほしいところです。
(佐藤琢磨選手の公式ホームページはこちらです)




Formula Dream(jpeg)



 今回もF1のサポートイベントとして開催されたフォーミュラ・ドリーム。
 レーシング・スクールではありますが、即戦力としての能力が要求される厳しいカリキュラムです。
 今回は、ゲストドライバーとして全日本F3チャンピオンであるブノア・トレルイエ、ドイツF3チャンピオンである金石年弘(これもすごいことですよ)、そしてドイツF3で今季1勝をあげた松浦孝亮の3人を迎え、これに今季10戦8勝の細川慎弥がどう立ち向かっていくかが注目の的でした。
 レースは、金石、松浦が予選を失敗して後方に沈む中、細川が素晴らしいダッシュを見せてトレルイエを抑えトップで1コーナーに進入していきました。細川はその後も素晴らしいペースで後続を引き離しますが、トレルイエだけは細川との間隔を徐々に詰めていき、プレッシャーをかけ続けます。そしてレース終盤、細川がわずかにミスをした隙を付いてトレルイエがトップを奪取、以後は徐々に間隔を広げてトップでチェッカーを受けました。
 結果的にはトレルイエがF3チャンピオンの貫禄を見せた形になりましたが、表彰式の間じゅう細川がうつむいて涙をかみしめているように見えました。この悔しさをバネに、細川にはさらにビッグになって欲しいものです。
 もしかしたら、後何年か後に鈴鹿サーキットでトレルイエと細川でF1でチャンピオンシップを争っているかもしれませんよ(^_^)