
そして、そのDTMのルールをもとに昨年から舞台を世界各地に移して開催されているのが国際ツーリングカー選手権(ITC)なのです。実は、このレースは今年8月に岡山県のTI英田サーキットで開催される予定でしたが、サーキット側の都合で急にキャンセルされてしまいました。ところが、このような国際的なレースを一方的にキャンセルしてしまうことは国際的な信用にかかわるということで、JAFの依頼を受けた鈴鹿サーキットが代替開催に乗り出したものです。その後、さまざまな事情によりITCは今年度で終了ということが決定されたことにより、シーズン最終戦として予定されていたこのレースが、ITCそのものの最後のレースになってしまいました。
今回のレースに参加したのは、メルセデス・ベンツ、アルファ・ロメオ、オペルの3メーカーからそれぞれ8台ずつ、合計24台のマシンでした。そして、ドライバーはといえば、これがもうとんでもないメンバーで、ほとんどF1のオールスターゲームみたいなものです。
F1経験のあるドライバーをあげると、メルセデスではベルント・シュナイダー、ヤン・マグヌッセン、アルファはニコラ・ラリーニ、アレッサンドロ・ナニーニ、ステファノ・モデナ、ジャンカルロ・フィジケラ、クリスチャン・ダナー、ガフリエーレ・タルクィーニ、そしてオペルではヤニック・ダルマス、J.J.レート、ハンス・シュトックと外国人ドライバーだけで11人、そしてスポット参戦の日本人ドライバーはと言えば、鈴木亜久里(言わずと知れた元F1ドライバー、日本人最高位の3位入賞の記録を持つ)、関谷正徳(95年ル・マン24時間レースで日本人初の総合優勝)、服部尚貴(1996年全日本ツーリングカー選手権チャンピオン、F1にも予備予選2回出場の経験がある)という、これも豪華な顔ぶれです。
1日に2レースが開催されるのもITCの特徴です。第一レースは、ポールからスタートしたクリスチャン・ダナー(アルファロメオ155)が2位スタートのベルント・シュナイダー(AMGメルセデスCクラス)と激しいバトルをくり返し、各コーナーでサイドバイサイドの大接戦、何度か追突や接触もありましたが、両車とも大きなアクシデントもなくレースは終盤へ。どうしてもダナーを抜けないシュナイダーの後方に急速に迫ってきたのは、チームメイトのダリオ・フランチッティ。9位スタートからアルファロメオ勢をかきわけてとうとうトップを狙える位置まで上がってきました。ダナーを責めあぐねたシュナイダーは、同僚を前に出し、トップ攻略を23歳と若いフランチッティに託しました。これまで2位4回と安定した速さを見せていたものの優勝経験がなかったフランチッティは、バックストレートで十分にスピードをのせ、シケインの進入で一気にダナーを抜き去り、そのままゴールまで走りきってITC2度目の優勝を飾りました。
日本人ドライバーは、予選12位からスタートした鈴木亜久里がITCのレギュラードライバーを相手に一歩も引かず、順位こそ11位とふるわなかったものの元F1ドライバーの実力を遺憾なく発揮したと言えるのに対して、服部は19位、関谷は20位と惨憺たる成績(関谷より後には唯一の女性ドライバー、エレン・ロール(AMGメルセデスCクラス)のみ)に終わりました。
第一レースが終了した後車両整備のために設けられた30分間のインターバルをはさんで行われた第二レースでは、第一レースの成績によってスタート順が決められます。
各車がスターティング・グリッドに着くためにピットを出ていく際にアクシデントが発生しました。まず関谷のオペル・カリブラV6がピットを出たところで派手な煙を吐いてストップ。駆動系の故障のようで、ピットに押し戻されましたが結局レース復帰は断念。それとほぼ時期を同じくして鈴木亜久里がヘアピンでストップ。こちらの原因は不明ですが、亜久里がマシンを降りてガードレールを越えて行くところが大型ビジョンに映し出されました。
日本人ドライバー2人を欠いたまま第二レースはスタート。ところが、シュナイダーとトップ争いをしていたフランチッティが1コーナーでコースアウト、その後トップを狙っていたアルファのステファノ・モデナとジャンカルロ・フィジケラがスピンするなど、シュナイダーを追うマシンが勝手に脱落するような形になり、結果的には2位を20秒近く引き離しての圧勝となりました。
日本人ドライバーとして唯一第二レースをスタートした服部は、16位完走。後ろにバルテルズ、シュトックの2台がいるものの、ともにトラブルやスピンで順位を落としたマシンであり、結局ノートラブルで完走したドライバーの中では最下位という結果に終わりました。
| 順位 | ドライバー | チーム | マシン |
| 1位 | ダリオ・フランチッティ | D2プライベートチームAMGメルセデス | AMGメルセデスCクラス |
| 2位 | クリスチャン・ダナー | アルファ・コルセTVシュビールフィルム | アルファロメオ155V6TI |
| 3位 | ベルント・シュナイダー | D2プライベートチームAMGメルセデス | AMGメルセデスCクラス |
| 順位 | ドライバー | チーム | マシン |
| 1位 | ベルント・シュナイダー | D2プライベートチームAMGメルセデス | AMGメルセデスCクラス |
| 2位 | ジャンカルロ・フィジケラ | アルファ・コルセTVシュビールフィルム | アルファロメオ155V6TI |
| 3位 | ヤン・マグヌッセン | ヴァルシュタイナーチームAMGメルセデス | AMGメルセデスCクラス |

第一レース、スタート直後の第1コーナー。アルファロメオのクリスチャン・ダナーを先頭にメルセデスのシュナイダーを挟んで、モデナ、フィジケラとアルファ勢が続く。前戦のブラジルで今シーズンのチャンピオンを決めたマニュエル・ロイターをはじめとするオペル勢はアルツェンの11位が予選の最高位という低迷ぶりで、今回のレースではほとんど良いところを見せられなかった。

第一レース、ゴールの瞬間。シュナイダーが抜きあぐねたダナー(赤のマシン)を、終盤になって後方から猛追を見せたフランチッティ(シルバーのマシン)が見事に抜き去り、念願の初優勝を飾った。ダナーが抜かれて気落ちしたところを虎視眈々と狙っていたシュナイダーだが、結局最後まで抑えきったダナーが2位の座を死守した。

第二レース、スタートの瞬間。第一レースの順位によって第二レースのスタート順が決められるため、トップはフランチッティ(No.2)、続いて3位から好スタートを決めたシュナイダー(奥のマシン)、ダナー( No.15)が1コーナー目指して突っ込んでいく。
スターティンググリッド上でストップした状態から「用意ドン」で走りはじめるF1のようなスタートとは異なり、このレースではゆっくりとサーキットを一周してきた各マシンがストップすることなしに審判長の旗(日章旗)を合図に一斉にアクセルを踏み込むというローリングスタート方式(ル・マン24時間レースと同じ方式)をとっているのが特徴である。

同僚のシュナイダーと激しいトップ争いを行っていたフランチッティが第1コーナーをオーバーラン。ブレーキに故障でも発生したのか、スピードを全く落とさないまま2コーナー付近でタイヤバリアに突っ込み、マシンはその勢いで横転した。フランチッティはすぐに上側になってしまった左ドアから無事に脱出して事なきを得た。
まさか、屋根の上に描かれたベンツの証(あかし)スリーポインテッドスターはこんな事態を想定して書いたものでは無いだろうが、妙に目についてしまった。

フランチッティのリタイア後、シュナイダーの背後を脅かすドライバーは誰一人として現れなかった。
結果はシュナイダーの圧勝。メーカー選手権ポイントではオペル、アルファロメオに遅れをとってしまったメルセデスだが、世界選手権として開催されるITCとしては最後の記念すべきレースを連勝し、なんとか溜飲を下げた。

ピットで最終チェックを受けるオペルの最終兵器カリブラV6。いかにも空気抵抗が少なそうな2ドアクーペのボディに、コスワース社(フォードF1エンジンの開発会社)がチューンナップしたいすずビッグホーンのV6エンジンを搭載する。12000回転まで許容されるこのエンジンの最高出力は約500馬力に達し、ステアリングホイールの裏にあるレバーでシフトチェンジが可能なセミオートマチックトランスミッションと四輪駆動システムによって鈴鹿サーキットでの最高速は250Kmを越える。今シーズンのチャンピオンマシンでもある。

アルファ155V6TIのフロント・エンジン部分。他の2メーカーと異なり、太いパイプを随所に張り巡らせたマシンの構造が特徴である。ツーリングカーレースに四輪駆動システムやレース専用エンジンを導入したのはアルファロメオが最初であり、もちろん6速セミオートマチック・サスペンション、ABSブレーキシステムを備えるのは他社と同様である。
メルセデスやオペルのマシンがいかにも合理的で理詰めに作られているように見えるのに対して、アルファは機能よりもデザイン優先、レースでの結果よりも一発の速さに賭けるマシン、というように見えてしまうのは、イタリア車に対する思い入れが強すぎるせいでしょうか。

自分の車のボンネットを開けたことのある人なら、このメルセデスのエンジンルームの異常さにすぐに気がつくのではないか。巨大なエア・インテーク、シャシーがなく直接ボディに取り付けられているエンジンと、そのエンジンに取り付けられているサスペンション。この構成は普通自動車ではなく、まさにF1そのものである。
外から見れば空力パーツを付けただけのちょっと派手なメルセデス・ベンツCクラスとしか見えないが、その中身は純粋なレーシングマシンであり、ボディはただ単に市販車のスタイルに見せかけるためだけのカバーに過ぎないのである。

カリブラV6を駆って今期オペルのエースとして大活躍を見せたマニュエル・ロイター。
89年、96年とル・マン24時間レースで優勝を遂げるなどスポーツカーレースで数々の実績を上げているが、国際的に評価されているドライバーとは必ずしも言えなかった。しかし、今シーズンは激戦のITCにおいて3回の優勝を果たしたほか、鈴鹿までの24戦のうち20戦で選手権ポイントを上げるなど堅実な走りを見せ、7回優勝のアレッサンドロ・ナニーニ、4勝のクラウス・ルドビッヒ(オペル)、3勝のシュナイダーらを抑えて鈴鹿のレースを待たずに年間チャンピオンを決定した。

ここまで全24戦のうち7勝をあげ、優勝回数では他を圧倒的に引き離してトップに立つアルファロメオのエース、アレッサンドロ・ナニーニ(白いレーシングスーツ)。ベネトンチームのエースドライバーとして大活躍を見せていた1990年、ヘリコプターの事故に遭い右腕を切断するという重傷を負ったが、氷漬けにして運ばれた腕をつなぎ合わせ、とうとうレーシングドライバーとして奇跡的な復活を遂げた。1989年には鈴鹿サーキットでの日本GPで優勝を果たしており、日本でも彼のファンは多い。
フォーミュラからスポーツカー、ツーリングカーまで幅広い分野で活躍する関谷正徳。今回はオペルチームの一員としてカリブラを駆る。鈴鹿の前に、10月には事前テストとしてドイツのホッケンハイムでのレースに参戦するなど力の入ったところを見せたが、第一レースは20位、第二レースはスタートを前にして派手な煙をあげてトラブルでリタイヤと全く良いところのないままITCを終えることとなった。
1994年の全日本ツーリングカーチャンピオン、1995年のル・マン24時間レース総合優勝と華々しい成績を残している関谷だが、ITCのモンスターマシンは簡単には乗りこなせなったのか、あるいはマシンのセットアップに特殊なテクニックが必要だったのか、いずれにしても厳しい結果だけが残った。
1996年度の全日本ツーリングカー選手権をホンダ・アコードで戦い、見事年間チャンピオンを獲得した服部尚貴。今回はアルファロメオのドライバーとして鈴鹿へ登場した。事前テストもなくほとんどぶっつけ本番で臨んだレースであり、同情の余地はあったとしても、第一レース20位、第二レース16位という結果は残念なものと言わざるを得ない。
来年はホンダのバックアップを得てアメリカへ渡り、インディカー・シリーズへ挑戦するという噂も流れている服部だが、本当に速いドライバーは初めてのコース、初めてのマシンでも何とか乗りこなしてしまうもの。そういう面ではハットリ君にはもっともっとがんばってもらいたい。
まだまだ現役でやっていけるだけの能力をもちながらスポンサー等の問題により1995年シーズン途中でF1の世界から退くことになった鈴木亜久里。現在はフナイ・スーパーアグリ・レーシングチームの監督として金石勝智、本山智(注目!!)という2人の若手ドライバーをフォーミュラ・ニッポンに送り込み、先日の富士の最終戦では金石が念願の初優勝を遂げるなど早くも成果を上げているが、本人は決してレーシングドライバーを引退したつもりではないらしい。
古巣のF1リジェチームと協力関係にあるブリヂストンタイヤのテスト走行ではF1の予選でも十分に通用するタイムを記録したことでも判るとおり、亜久里のレース勘は鈍ってはいなかった。第一レースはスタートこそ下位に落ちたもののマシンに慣れるに従って徐々にタイムを上げ、後半にはアルファのエースであるナニーニやオペル勢最速のアルツェンに迫る勢いを見せ、結果的に11位でフィニッシュした。
第一レースを上回る上位への進出が期待された第二レースであったが、スターティンググリッドに着くための周回でコース中にストップし、亜久里の挑戦はあっけない形で終わってしまった。もし順調にスタートできていればかなりのパフォーマンスが期待できただけに、この亜久里のリタイヤは観客の間に大きな失望を与えた。
1997年シーズンからF1へ挑戦することを正式に発表したブリヂストンタイヤのテスト用マシン、95年型のリジェJS41。赤と白のブリヂストンカラーに彩られたマシンはフレンチブルーに塗られていたオリジナルのリジェよりも速く見える、というのはあまりにも贔屓目に過ぎるだろうか。