Formula Nippon Round 2

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’96 フォーミュラ・ニッポン 第5戦



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 7月7日、鈴鹿サーキットにおいて「1996年全日本選手権フォーミュラ・ニッポン第5戦」が開催されました。

 前回までの優勝者は、それぞれ第1戦 星野一義、第2戦 ラルフ・シューマッハ、第3戦 ノルベルト・フォンタナ、第4戦 ラルフ・シューマッハ、という結果で、昨年のドイツF3チャンピオンのフォンタナ、同第2位のシューマッハという2人の外国人ドライバーの強さが目立ちました。そして迎えた第5戦、そろそろ日本人若手の奮起が期待されるところです。

 今回のレースは、スタート直前までかなり激しい雨が断続的に降り、各チームともタイヤ選択とサスペンションのセッティングに頭を悩ませることとなりました。予選で1・3位を占めたチーム中嶋の2台(高木虎之介、黒澤琢弥)はスタート直前にレインタイヤからドライ用のスリックタイヤに交換、サスペンションも完全なドライセッティングに賭けました。これに対して予選で2・8位となったチーム・ル・マンの2台(服部尚貴、ラルフ・シューマッハ)はスリックタイヤに交換したものの、雨が降り始めることを想定して車高を高めにしたサスペンションのセッティングに賭け、結果としてこれがレースの行方を左右する大きな戦略の分かれ目となりました。

 午後2時のレーススタート。高木は一瞬出遅れますが、1コーナーへの進入でイン側から星野一義を抜き、2コーナーのアウト側から服部尚貴を抜いてすぐにトップに立ちます。そして、そこからの1周が高木虎之介の本領発揮! なんと2位の服部尚貴を3秒以上引き離すブッチ切りの速さを見せ、残る34周を悠々と走りきって今シーズンの初優勝を果たしました。

 高木を追うことを諦めた服部は2位の座を死守しようと後続の黒澤、シューマッハをブロックしますが、サスペンションのセッティングの差からかどうしてもリードを保つことができません。結局、残り10周を切った時点で、服部が周回遅れのマシンを抜こうとして一瞬躊躇した隙を見逃さず、1コーナーで思い切りよくイン側に切り込んだ黒澤が服部の追撃を振り切って2位に入賞し、中嶋悟監督に初めてのワン・ツー・フィニッシュをプレゼントしました。


決勝結果
順位氏名チームマシン/エンジン/チューナー/タイヤ
1位高木 虎之介PIAA NAKAJIMAレイナード 96D/無限MF308/無限/BS
2位黒澤 琢弥PIAA NAKAJIMAレイナード 96D/無限MF308/無限/BS
3位服部 尚貴X JAPAN Le Mansレイナード 96D/無限MF308/無限/BS


START

 スタート直後の第1コーナー。レースの中で一番混戦になる場面で、時によっては多重クラッシュが発生することもあるが、今回のレースは路面が滑りやすく各選手とも自重したのか大きな混乱もなく全車がスムーズに通過した。


TORA

 「全日本選手権高木虎之介クラス 参加車両1台、フォーミュラ・ニッポンクラス その他大勢」と言う人もいたほどの圧倒的な速さを見せた高木虎之介。これまでの4戦のうち3戦でリタイヤを喫するなど満足のいく結果を残せていなかったが、今回のレースでようやくリズムを取り戻したように見える。「とにかく鈴鹿で勝てたことが嬉しい」と、普段無口なトラにしては意外と素直に鈴鹿初優勝(昨年は菅生、十勝、富士でそれぞれ優勝)の喜びを語っていた。


RALF

 1995年のF1チャンピオン、ミハエル・シューマッハの実弟ラルフ。21歳という若さにも関わらず、95年ドイツF3チャンピオン、同マカオF3優勝、そして今年は全日本GT選手権とフォーミュラ・ニッポンでそれぞれ優勝と実績は十分。フォーミュラ・ニッポン・チャンピオンのタイトルを手にF1へのパスポートを手に入れることができるか。
 また、服部とラルフを擁するチーム・ルマンを支えるスポンサーが、海外でも活躍している人気ロックグループの X JAPAN であることにも注目。


TAKUYA

 服部(赤のマシン)が周回遅れを抜こうとして一瞬躊躇した隙に、スリップストリームからインサイドへ切り込んで前へ出ようとする黒澤(白のマシン)。車体の底面に張った磨耗防止のためのチタンの擦り板が路面との接触によって大きな火花を上げている。
 同じく一瞬の隙をついたラルフ(赤のマシン)は黒澤とは逆にアウト側から服部を攻めるが、服部はこれをうまくしのいで3位のポジションは守りきった。スタートで8位から4位へジャンプアップしたラルフだったが、この後全く同じセッティングの服部を抜きあぐねて結局4位に甘んじることになった。しかし、それでも着実にポイントを獲得し、シリーズチャンピオン獲得に向けて足場固めをするあたりが、ドイツ流堅実性と言うべきか。


FINISH

 終わってみればチーム中嶋のワン・ツー・フィニッシュ。淡々と走りきった高木が黙々とウィニングラップを行うのに対して、黒澤は各コーナーで観客に手を振りながら大きく喜びをアピールした。「またワン・ツーをねらいますよ。ただし、今度は僕の方が一番でね。」と黒澤はテレビのインタビューに答えていた。



平成のシンデレラボーイ 山西康司 登場


YAMANISHI

 鈴鹿サーキットではレース入門を目指す若手を対象に「鈴鹿フォーミュラレーシングスクール SRS−F」を開校している。ここでは中嶋悟や高木虎之介を講師とし、成績優秀者には全日本F3選手権へのスポット参戦が約束されるなど次代のF1ドライバーを生み出すための英才教育が行われている。
 山西康司は、このSRS−Fの第一期生一番手として今年のシーズン当初から4戦のみの期限付きで全日本F3選手権へのスポット参戦が認められた。そして、その4戦の結果はというと、第1戦はトップ争いを演じながらも最終ラップでスピン、リタイヤ、第2戦は5位、そして第3戦の美祢ではなんと初優勝、続く第4戦の富士でも優勝、現在シリーズポイント3位とめざましい活躍を見せた。特に、美祢での優勝はわずか18歳7か月という若さで達成したものであり、日本の免許制度が大幅に変わらない限り恐らく破られることはないであろうと言われる大記録である。
 本来であれば山西のF3挑戦はこれで一旦終了することになっていたが、これだけの才能をこのまま埋もれさせるのはもったいないと、SRS講師の中嶋悟氏が自分のチームに迎え、ポッカ・コーポレーションというスポンサーの理解と協力があって、ついに山西選手の全日本F3選手権全戦出場が決定された。
 さて、その山西、今回の鈴鹿では予選第1回で2位の選手に1.5秒以上の大差を付け、第2回の予選出場をキャンセルするという余裕を見せながら2位の西宮圭一に0.6秒もの差を付けた。
 スタート。山西は大失敗のスタートでいきなり12位前後まで順位を落とした。しかし、ここからが山西の見せ所で、あっという間に8位ぐらいまで順位を挽回。そのあとも、他の選手より1周2秒近く速いラップタイムを記録しながら1台、また1台と前走車をパスしていく。結局、ラスト2周で2位にまで順位を挽回、あと1周あればおそらく優勝した脇坂寿一をも余裕で抜き去っていたであろうと思われるめざましい走りで堂々の2位をゲットした。

 もしこのまま山西が才能を輝かせ続けるとしたら、彼こそが日本人初のF1世界チャンピオンを手に入れる人物となるのではないか、そんな期待さえ抱かせるほどの驚異の新人が登場しました。どうか皆さんも山西選手に声援を送って下さい。どうぞよろしくお願いします。